誰も得しない日本史

誰も得しません

桶狭間の戦い 今川義元

 
1560年、
駿河など3国を領有し、「海道一の弓取り」と讃えられた今川義元が、
2万5千の兵を率いて上洛を始めた。
京都に向かう途中にいるのは、織田信長
織田信長の兵力は、今川義元の10分の1程度。勝ち目はない。
 
あいにくの雨天の中、今川義元は沓掛城を出て、狭い桶狭間(田楽狭間)に差し掛かった。
陰鬱な気分で休憩を取る今川軍。
 
 
《英訳してみよう》
 
「やだ、また雨だよ。 雨だと気分も晴れないなあ。
 
内閣総理大臣織田信長 1 (ジェッツコミックス)

内閣総理大臣織田信長 1 (ジェッツコミックス)

 

 

 
  
《英語訳》
 
Oh, no. It's raining again! I feel down when it's rainy.
 
 
その今川軍の位置を正確に掴んで、織田軍に伝達したのは梁田政綱。
織田軍は、今川軍に察知されることなく田楽狭間に到着。
そして、2万5千人の今川軍の本営を、風雨のなか3千人の信長軍が急襲した!
 
織田軍は、なんと今川義元の首級をあげ、織田信長はこの勝利をきっかけに勢力を急速に増大させた。
 
この桶狭間の戦いの恩賞において、今川義元の首をとった毛利新助の恩賞は500貫(≒5千万円)の領地。
それに対して、今川軍の位置を報告した梁田政綱には、6倍の3000貫(≒3億円)!の領地が与えられた。
これは、信長が情報の重要性を認識していた証拠として、よく語られるエピソードである。
 
 

英文は、『起きてから寝るまで英語表現700』(吉田研作・荒井貴和・武藤克彦、株式会社アルク)と、『もっとやさしい起きてから寝るまで英語表現600』(遠山道子、アルク)を参照しました。

 
金額の換算は、『日本史まるごとHOWマッチ』(日本歴史探求会編、竹書房)を参考にしました。
 
 
のぶたの「誰も得しない日本史」 けっこう得する支店」で、
「1分日本史」とかもやってます。