誰も得しない日本史

誰も得しません

教科書の改訂と入試のトレンド 第2回

以下、2018年3月31日記事(引っ越し分)

 

シリーズのコンセプトは、第1回をご参照ください。

www.daremotokushinai.com

 

 
第1章 日本文化のあけぼの
 第2節 農耕社会の成立
 
変更箇所リストは、下を見てください。
目立つ箇所は、纒向遺跡です。
教科書の脚注で述べられているように、纒向遺跡では2009年に大型建物跡が発見されました。もともと3世紀、およそ邪馬台国の時代は九州よりも近畿のほうが勢力が強いことは知られていたのですが、纒向遺跡と、そこにある出現期最大の古墳であり卑弥呼の墓ともいわれている箸墓古墳のコンビの存在感がさらに増した感じになってきました。
受験的には、古墳時代の出現期(要は箸墓古墳)と終末期(要は八角墳)に関する記述が年々増えてきていることに気をつけておいてください。

大学入試としては出題しにくい箇所としては、渡来した人々の数に対する表現の変化が気になりますよね。リストの4番です。

【主な変更箇所】
1. 米作りの開始時期が、「およそ2700年前」から「およそ2500年前」に。
2. 「水稲耕作」が、「水稲農耕」に。
3. 鉄器の使用開始時期が、特に言及がなかったものから「中期以降」に。
4. 朝鮮半島から渡来した人々が、「少数の人びと」から「必ずしも多くない人びと」に。
5. 弥生時代後期の大規模な墳丘墓の出現地域が、「西日本を中心に」から「各地に」に。
6. 「九州北部の甕棺墓」が「九州北部の弥生時代中期の甕棺墓」
7. 小国の王とみられる被葬者について、「弥生時代中~後期の多量の副葬品を持つ甕棺や、あるいは大きな墳丘を持つ墓の被葬者」から「弥生時代中期の多量の副葬品をもつ甕棺や、あるいは後期の大きな墳丘を持つ墓の被葬者」に。
8. 邪馬台国連合の構成国が、「30国ばかり」から「29国ばかり」に。
9. 卑弥呼が魏の皇帝からおくられたものが、「「親魏倭王」の称号と多数の銅鏡など」から「「親魏倭王」の称号と金印、さらに多数の銅鏡など」に。
10. 「壱与」が「壱与(台与か)」に。
11. 脚注で、纒向遺跡を特記。
 
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