誰も得しない日本史

誰も得しません

謀反と謀叛

以下、2017年12月27日記事(引っ越し分)

 

先日の「論述試験の基本1」(※引っ越し保留中)で、謀反と謀叛について質問されていたので、補足を。

日本古代の律令は、唐の律令を取り入れて、多少のアレンジを加えたものです。
さて、唐の律令や、それを取り入れた日本の律令では、
皇族や貴族のような身分の高い人は、罪を犯したときに、なにかと実刑を免れることができます。
ところが唐律では、ある種の凶悪な犯罪に限っては実刑を免れない、というものがあります。
このような十種の凶悪な犯罪を「十悪」といいます。
日本では、これを取り入れたときに数を変更し、「八虐」としています。
難関私立大学を受験する人なら、暗記したことでしょう。
八虐には、いわゆる天皇に対する不敬罪にあたる「大不敬」や、両親などに対する罪である「不孝」などがあります。
そうした諸罪のトップにあるのが、
天皇に対する殺人(未遂・計画も含む)などである「謀反(むへん)」であり、
三番目にあるのが、
亡命や敵前逃亡など、天皇に背を向ける「謀叛(むほん)」なのです。
これが、平安後期以降には「謀反」も「謀叛」と書かれて、混同されるようになりました。
そう考えると、守護は1185年に源義経追討の名目で設置されたことが思い起こされます。
源義経は攻め上ってきたんじゃなくて、逃亡しているわけですから、
律令の原則的には「謀叛人」ですね。
 
 
 
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